アート・ル・シティ

「ゲストもキャストも楽しめるアーティストのテーマパーク」を創るべく奔走する市長・白鷺桜優(シラサギサクヤ)の雑多な日常。芝居をはじめとにかくアーティストとして生きながら、普通の女の子としても生活をレポート。アート・ル・シティの都民のポップでハートフルな物語もお送りします♪

演劇について今日わかったこと

演出不在の打ち合わせは難航しやすい。

演出不在の自主練習が基本よくないという説が流れているのは、好確率で正解。

 

なぜ?って…。

 

「決定権のあるやつのいない状態」でああだこうだ言ってると結論が見えなくなるし。

今までやってたことや演出(決定権者)の指事すら『その場の発言の多い人間』によって歪んで行くんだよ…。

 

何よりそこでやった確認やら産まれたズレやらをちゃんと受け止めて、演技プランに反映してくれる演出家ならまだしも。

 

結局元に戻される。或いは

 

「演劇」というもの自体が日々刻々と変わっていくものなので、確認作業自体が無意味になる可能性が高い。

 

演出プランの変更、自分や共演者の成熟度・呼吸で稽古を含め「同じもの」は二度と産まれない。

 

…ので、最低限の抑えるべき部分の確認とそれぞれの不都合の確認以外では基本「打ち合わせ」は無意味です。

(あくまで役者同士の話ね)

やるなら「演出入り」でやんなさい。

それが不可能でも役者だけで抱え込むメリットはありません。

てか、稽古場で解決しなさい。

体で覚えろ。相手の呼吸を読め。

 

自主練に関しても多分「演出なし」でやっていいのはこの二つだけ。

 

・セリフと体感を入れるため
・新演出プランの提案のため

 

…二つ目は歓迎されるかは現場によるし、配慮すべきところを見落とすと揉めます。

(これが原因で私はかつて「脚本の盗作」されました。ぶちギレたよね。それをやったやつの牧場…確か4代目…を名指しで貶してやろうか?と今でも思うレベル)

 

どうしても「演出不在」の時期が長いなら、

舞台監督(ステージ全体を総括してる技術者・裏方リーダーという意味だけではなく「演出の意を汲む者」としての。札幌小劇場には多分いない)なりなんなり。

 

【指揮者】をおいてやらないと絶対に混乱します。まずメリットはない。

 

以上。